元旦の計

1 月 2nd, 2011 Posted in Daily | No Comments »

 

人間というものは計画をたてる。

そして失敗する。人間は簡単に自分のたてた計画の奴隷になってしまう。まことに嘆かわしい限りだ。

私もいえた義理ではないが。ならば計画など立てないほうがよさそうなものだが、無計画というのはなぜか気分が悪い。

歴史的には無計画というのは悪いことではなかった。

それは無為自然という。

元旦の計は無計画で何が悪いのか。

だが無計画でいられるほど人間は強い生き物ではない。計画というものは弱い人間に与えられた武器の一つだ。だが武器というものは使い方を謝れば己の身を危うくする。武器に対する最も賢い対処法はそれを手にしないことであり、次に賢い対処法は振りかかる火の粉を払うために使うことだ。武器を己のために使うものは結局武器によって死ぬ。最悪の愚か者は武器の存在を見誤る(素手で武器をもっている相手と戦ったり)。歴史上、失敗した計画や悪い計画は常に人間というものを無視した計画であった。

この漫画の中で曹操が死にゆく郭嘉に語ったように、計画というのは魅惑的でなければならない。

それを実行するのは人間なのである。

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1 月 1st, 2011 Posted in Daily | No Comments »

 

年始である。
これを見ている貴方はおそらく年末を乗り切り年始を無事に過ごせたのだろう。
おめでとう。
だが、まだ油断はできない。
なぜ年末に祭礼が行われるのか、なぜ年始が休みなのか。
我々は知っているはずだ。
物事は切り替わる瞬間が一番危険なことを。
「冬が越せない」という定型文は将来への絶望を表す際によく使われる。冬が訪れねば春はやって来ないが、冬の暴力とはそれほど生やさしいものではない。
正月に神仏に祈るのは、良いことがありますようにという願掛けのためではない。
大晦日から正月にかけてを無事に越すことができたことへの感謝を表すために、人は祭礼を行うのだ。しかし実際には大晦日から正月となって、何かが変わるわけでもない。

正月のことを迎春と言うが、本当に危険なのは1月1日に祝われる儀礼的な春ではなく、本物の春が訪れるときなのだ。
一年のうちで自殺者がもっとも多いのは3月から6月にかけてである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E6%AE%BA
正月とは「新年度」のプレッシャーを弱め、真の迎春に備えるために設けられた日ともいえる

具体的にいえば、この時期に恐ろしい春を予め予行演習しておくことにより、本当の新年度に耐える力を身につけるのである(受験生や新入社員には切実であろう)。この時期の心身にかかる負担に比べれば他の季節は惰性に過ぎない。大人になれば一年はあっという間というが、実のところ春に心身が受けるプレッシャーは歳を取るに連れて大きくなるのである。毎年死線を乗り越えるため、大人は一年のうちで気をつけるべきなのは春のみであることを知っている。だから大人の一年というのは本当は3、4ヶ月しかない。

あなたが本当の春を乗り切れたら、その時には改めて「おめでとう」といわせて欲しい。

最後に、私が正月を向かえられたのも今まで私の関わった全ての人のお陰である。
ありがとうございます。

効率化

9 月 7th, 2010 Posted in Daily | No Comments »

無駄を減じれば効率がよくなる。
つまり短い時間で生産性が向上します。
何のために効率化をするのかといえば生産性を向上させるためですが、こと日本においては効率化そのものが目的化しがちです。
これにはおそらく明治時代におこった急激な環境の変化が関係しています。
それまで日本では効率化は悪でした。日本という島国の中で、一度資源を取り尽くしてしまったら資源が再生するまでに住民は全滅してしまいます。
下手に生産性を向上させては、資源を取り尽くしてしまう可能性も高まってしまうのです。
しかし、明治時代になって、欧米の強い影響下で効率化に対する意識の変化がおこりました。日本は欧米との資源の奪い合いに積極的に参加するようになります。
効率化=西欧化は突然ドグマとなったのです。
21世紀になっても社内の公用語の英語化を推し進める会社が存在するなど、このドグマのインパクトがいかに強かったかが窺い知れます。
結局は資源の奪い合いが今になってもつづいていると考えれば、こうした企業の取組は一概に間違っているともいえません。

しかしドグマはドグマであり、地球レベルの資源の奪い合いにしても、それの激化度合いによっては人類そのものがイースター島と同じ運命を辿りかねません。
もとより効率化は一定の限度を与えられるべきものなのです。
さらに効率化の推進によって無駄が減り、より早く利益が得られるようになると、長期的に利益を産む行為はないがしろにされていきます。
短期的な利益にとらわれるのでは、パチンコ中毒やアルコール中毒と変わりません。

集団レベルでは功罪入り混じる効率化ですが、実は個人レベルでも同じことが言えます。個人レベルでの効率化は確かに高い効果があります。ところがその効率化が自分の体というリソースを食いつぶしてしまっては元も子もありません。
体が壊れてしまっては、科学的な効率化も精神主義的な効率化も大差なくなります
実際は科学的な効率化さえも、何かしらのトレードオフが起こるはずなので、いずれにせよ歯止めが必要です。

無駄を減らす前に、企業なり個人の文化を確認して、減らしてはいけないリソースを確認すべきでしょう。状況によってはそれこそが至難の業ですが、個人レベルでは達成可能です。個人的には、最も減らしてはいけないリソースは睡眠です。寝る子は育つ……。

誰でもいいって実はすごい

6 月 27th, 2009 Posted in Daily | No Comments »

誰がやっても同じことで人よりもたくさんお金を稼げたり人気がでたりするというのは非常に凄いことです。いや、凄いというか目出度いことですな。

とはいえ「重要」だといわれている仕事ほど誰がやっても同じで、流れ作業のように見える仕事こそ職人技がいるのではないかと実は思ってます。

http://plastic000.exblog.jp/tags/Perfume/

じゃあPerfumeはどうかというと、私なぞにしてはワンアンドオンリーのカスタム品ではないことも魅力の一つではないかと思います。アップルのロゴと同じ。
個性というのは連続性をもって評価されるもので、独自性故に受け入れられるものではない。自分の個性を信じたいけど、個性を担保しているのは集団であるのも事実というわけですね。こうした矛盾が今世の中から消えつつあって悲しい。

IGDA日本 同人・インディーゲーム部会(SIG-Indie)第1回研究会「同人・インディーゲーム開発の現状と課題」

5 月 6th, 2009 Posted in Daily | No Comments »

先日こちらのカンファレンスに参加してまいりました。

以下雑感でございます。

同人ゲームをつくりたい層、つくっている層と、ゲームを作りたい人、作っている層はまったく重なっていない。そのことに対して問題提起が為され、こうした場がもたれたというのは喜ばしいと思いましたが、その問題提起の部分が伝わっていたかには多少疑問が残りました。

ですが、たとえば漫画家はどうか、小説家はどうか。議論さえもされてないのが現状ではないでしょうか。暗い未来を考えて見ましょう。

プロの製作物はユーザーの欲しい物ではなくなり、結果的に売れなくなる。一方アマチュアはノウハウを持ちえず、作品を完成させることができなくなる。アマチュアがプロになるロードマップは形成されないまま、業界が死滅する。

最初は簡単なゲームをつくり、認められ、プロとして発表する、 今はそういうロードマップが無い、という嘆きの声がいくつか聞かれました。そのことに対しての危機感が聞こえてこない。
どんな時代でもゲームを作りたい子はいるだろう。ところがクリエイター予備軍はいない。これはかなり恐ろしいことです。

以下、各公演の個別の感想です。

長健太 (ABA Games)
http://www.asahi-net.or.jp/~cs8k-cyu/
「フリーゲームにまつわる幸せなエコシステム」

動的ゲームとは何か>当り判定のあるゲーム。
墓場へようこそ。
動的ゲームに対して歴史的な定義が発表される。
アジャイルのための、アジャイル。実装し、すぐ捨てる。
スピードが大事。 そこで考えたのが、デザインに金を払うシステムがある国と無い国の差である。

渡辺訓章 (kuni-soft)
http://www.din.or.jp/~ku_/index.htm
「ゆとり開発 ~普通の場所でのゲーム作り~」

あそんでもらうまでの戦略に囚われると楽しくない。
マネージメントとプランニングとリサーチがモチベーションを殺すのこと。
To DoがTo Doを作る。実装は実装の母。実装するための計画づくり。
結局は>
http://www.amazon.co.jp/人月の神話―狼人間を撃つ銀の弾はない-Professional-Computing-フレデリック・P-ブルックス/dp/4795296758
こうなる。

藤崎豊 (フランスパン)
http://www13.plala.or.jp/french/
「同人ゲームサークルの1プログラマとしての過去・現在・未来」

過去は失われ、その結果未来も無いという話である。ゲームの作り手を生み出しているロードマップが今の時代は完全に失われた。今の若者にとってもっとも恐ろしいのは自分で考えること。そして自分ひとりで考えることである。
若者といったが日本人といってもいい。
より具体的なソフトウェア工学の実装の話。階段は一歩づつ。

片岡とも (ステージなな)
http://stage-nana.sakura.ne.jp/
「同人と商業の境界」

「そういう時代だった」
5/5の割合だとして振り切れたらどちらかに振り切れたら同人/商業という自分での切り分け。
>モチベーション維持方法を聴かれた結果、個人営業そのものがモチベーション維持の方法であると切り返す。
※ムービー一本○○○円
長いシナリオは偉くない。
同人でもグレーゾーンを利用して儲けているのは商業。

澤田進平 (筑波大学)
http://www36.atwiki.jp/zengeren/
「『全日本学生ゲーム開発サークル連合』の紹介」

がんばっていただきたいが全ゲって名前はどうだろうか。

ディスカッション
長健太 (ABA Games)
渡辺訓章 (kuni-soft)
藤崎豊 (フランスパン)
片岡とも (ステージなな)
ごぉ (ぶらんくのーと) http://blank-note.sakura.ne.jp/
新清士 (IGDA日本)
七邊信重 (東京工業大学)

ゲームに要求されるリソースと「実装させられている」リソースの極端な偏差。
同人ゲームの制作費の高騰。
ゲームのユーザーが求めてるのはゲームではなくコミュニケーションの代替物ではないか? 必用なのはゲーム性ではなくキャラクターを立たせるための演出であり付加価値の部分だ。txtは長ければ長いほど良い。CGも多ければ多いほど良い。声優は声をあてるべきだ。ところで私が作りたかったのはそんなゲームだったっろうか?

結論>ゲームをつくりたければ、まずゲームをつくること。

参考
http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/library/design_j.html

闇の中

4 月 19th, 2009 Posted in Daily | No Comments »

気が散って仕方が無い人向けのテキストエディター

気が散るものであるが、実際気が散ったからといって、能率が上がらなかったことを後悔しすぎても精神衛生上よくないんだとか。
集中するには集中に慣れることが必要。集中すること自体の気持ちよさを知ることと、集中出来た自分へのインセンティブを与えるのが必要みたいである。
それから、どんなに集中しても集中は途切れるので、こまめに休息をとることが必要。45分に一回とるのがいいともいわれてますね。

それにしてもこちらをつかっているとなんか微妙に背筋がぞくっとするのです。なんだか後ろに誰かいる気分になる。普段はGoogleドキュメントを使ってるんですけどたしかにそちらでは感じない感覚です。白バックだと意外と目が疲れるのでその意味でもいいかもしれません。

普通は嬉しいと思うはずなんだけどねぇ

4 月 14th, 2009 Posted in Daily | No Comments »

つい先ほどここ数年悩んでいた懸案が解決されました。が、生活が不安定なためまったく嬉しくないという困った状況です。もっと喜んでいいはずですが、おそらくは低血糖症をこじらせているのでしょう、あんまり嬉しい気分になりません。

糖分をとらないと鬱になるとは厄介なものです。かといって糖分を取りがちなのが原因なので控えめにしなければいけませんが、体が動かないほどダークになるために糖分を取らざるを得ない状況です。最近食事療法で少しづつ改善させているのですが一時期は酷かったですよ。糖分無しだと人が変わりますので。
こうしているうちにも油断しているとどんどんダークになっていくのです。厄介なものであります。

さっぱり関係がありませんが、
フリーゲームと同人ゲームはどうしてこうも空気観が違うのでしょうね。
なんだかフリーゲームのほうが肩の力が抜けている気がします。
同人ゲームも気楽に作れるはずなのですが、私めからすると商業ゲーム以上に商業的に感じられてなりません。まず好きなものを作ったほうがいいのではないでしょうか。それか自分のやりたい方向に役立つ作品をつくるべきではなかろうか。
人生は短いのです。
しかし好きなものが何かという話ですがこれが面倒極まりない。
これがプレゼンテーションの技術と混同されている、もしくは摩り替わっているケースが非常に多い。
それは自分に対するコミットです。
それ以外でもそれ以上でもない。
ところで自分に対するコミットというのは非常にやりたくないものです。
コミットをしないことのメリットが今の世の中では無視できないほど大きいから。

売れないからオリジナルをやらないって本当ですか??

立ち絵が無いのに愛され妬ましい

3 月 27th, 2009 Posted in Daily | No Comments »

三毒追放。三毒追放。
パーマリンクをグーグル様が読みやすいように書き換える必要性をたった今悟りました。まさに小5ロリです。
あたいのこのサイト略してGFですが素敵な模型投稿サイトはfgです。

しかしGoogleでfgといれて検索するとなんとも男くさいサイトが一位に来ておりました。
素敵ですね。

素敵な夜に乾杯。最近でフラワロの粉で精神までおかしくなっていましたがもう春なのです。お堀の周りの桜はすでに開花目前でした。こりゃドラゴン沸くな。
まあこれが七ドラ脳ですよ。七ドラ乗ったらそりゃ鷲津さんも萌えキャラになるわ。
お前の運を俺にくれや親分にくれや。
かっこいい親父は少年に帰る。
そんな親父は漫画だけで充分ですが何か。

Flowering Night 2009 全人類の天樂祭

3 月 10th, 2009 Posted in Daily | No Comments »

今日は違った感じでお送りしますよ。

降りしきる雨の中、降り立った場所は海浜幕張。
財布の中はすでに0円。
厳しい状況下、ゴングは鳴った……。そう、今日はフラワリングナイト2009「全人類の天樂祭」開催の日である。
おりしもギア員は体調不良。そしてお金も無い。なんか絶不調な状況だったが、東方の熱気がそれらを吹き飛ばしてくれるはず……と思っての参加だった。

結論から言うと、締めのあの人の言葉どおりだった。

岸田教団&明星ロケッツは安定度と信頼感、そして存在感が増していた。
Clow`s Clawは彼らのやりたいことと東方が噛み合って良い不協和音(多分、あってる)をだしていた
石鹸屋は凄くいいバンドになっていた。
SOSは東方というステージで無難以上の結果を出した。
まりお&あまねのステージングは円熟の域に達していた。

そして、代わり映えはしない。

このままいい意味でマンネリでいくのか、それとも変革をするのか。
いい意味でも幕張メッセ公演は節目になったのではないか。
おりしも世のジャンルというのは10年周期で変わるという(細野春臣もいってたし……)。
しかしながら東方は変わらない。
東方が変わるとしたら神主がもう東方を作らなくなったときだけだろう。
東方が変わらないことに、二次創作をする膨大なファンはどうやってつきあっていくのだろうね? ということを考えさせられたライブだったな。

ギア員はどうだったかというと、それはもう楽しめたよ。
しかし、なんか不思議と切ない気分に襲われたね。

1・岸田教団&明星ロケッツ
岸田教団はなんだか雑味が無くなって聞き易くなった。
東方の曲ってロックで鳴らすとロックに聞こえるものだね。
岸田教団が演奏するとロックにしか聞こえない。
「芥川龍之介の河童」でさえそうだもん……。
ラストはもちろんあの曲。

2・Clow`s Claw
「同人って楽しいな」
多少は彼らもてらいがあったのかもしれない。だが、ステージ上での彼らのやった曲もまた東方だった。
あまりチェックしてなかったバンドだけど良い演奏だった。
ヘビメタも幻想入りしている昨今。
それにしてもネクロファンタジアはどんなバンドがどんなアレンジしてもすごい存在感。

3・石鹸屋
石鹸屋は冒頭から「てゐっ!」だった。トーホーハムは良いアルバムだったので新曲をたくさんやってくれて満足。
それにしても良いバンドだな(またいってる)。マジ度があがっていた。
なんか昨年とは別のバンドだねぇ。
それにしても男くさいバンドである。
東方の曲をやってるのに! ガイ長なのに!
ラストは数ある必殺技の一つ東方萃夢想。

4・SOS
紅葉饅頭団長は良いキャラだった。
東方のジャズアレンジって微妙に層が厚い。なんか聞くほうも解ってるんだなあ。と、素直に感動。
SOSは捲土重来を果したんじゃないの?

……いろんなところで話題になっているけど「門門しましょ」は反則。

ジャズってジャズが生まれたその時代にはもっとも過激な音楽だったはず。ひょっとして今も。
東方JAZZ2008は良いアルバムだったので今回の曲たちも光る円盤で欲しい。

5・Cool&Create
フラワリングナイトのマンネリズムを体現する男。
そしてスター。
ビートまりお。
サドっ気の強いパチュリー? 女王あまね。
代わり映えのしない、しかし明らかにレベルの上がったパフォーマンス。
お決まりのコースの間に挿入されたのは、C&Cメドレー。
湧き上がる観客の中にギア員もいたよ。なんかプロレスみたいだったな。

ただ、ラストはあの曲だった。
フラワリングナイトでしか歌わない曲。

なんだか、やりつくした感があった。
少しの寂しさの理由はそれだろうか。
だが、予定調和な感動を吹き飛ばしたのは他でもない。
鳴り響く童祭。

沈黙。

あえて、何もいうまい。

追伸・どぶウサギ氏がずいぶんイメージと違ったね……。

微小生物好き

3 月 3rd, 2009 Posted in Daily | No Comments »

platyias1

微小生物って可愛いと思ってたけど、じつはかっこいいと思いませんか。
思いませんか。それは残念だな。
子供の頃よくミジンコを顕微鏡で見たものですよ。

肉眼で見た事はないけど
昔から好きなのはワムシです。身体は小さいけど超小型の多細胞生物です。
なんかコンパクトに必要なものがまとまっている感じがすばらしい。