三毒とウルティマ
9 月 4th, 2010 Posted in 未分類 | No Comments »以下はまだアイディアレベルなのですが、コンピューターRPG史上の金字塔「ウルティマ」の重要なテーマとなっている「三原徳」は仏教の「三毒」を裏返したものではないかな、と思ってます。
ウルティマシリーズはウルティマⅣから徳という概念が持ち込まれ、主人公は己の徳を高めて聖者アバタールを目指すという類を見ないストーリーが展開します。徳の収拾というゲーム性の部分とストーリーが見事に融和した芸術的ともいえるデザインですが、この「徳」の解釈になぜか仏教の香りがするのです。
ウルティマの三原徳
愛>「あらゆる生命に対して区別なく共感する心」
真実>「真実に対する無条件の尊敬」「己も他人も決して裏切らない精神」
勇気>「己の信念に基づいて行動する勇気」
三毒
貪>「必要以上に求めること。我愛」
瞋>「自分の意に沿わないものを憎む心」
癡>「真理に対する無知」
つまり。
愛<>瞋
真実<>癡
勇気<>貪
以上のような相対関係が見られるのではないでしょうか。
勇気については「己の信念にしたがわない」=貪ではないように見えますが「自分そのものよりも己の信念を優先すること」と考えると「己を実在あるものと把握する誤り」である貪との相関がありそうです。
そう考えると貪の逆も「無欲」ではないことがわかります。欲求の否定ではなく、我の欲求を実在あるものとして認識するもの事態が誤りなのです。
面白いことにウルティマ7(世界史上最高のPCRPGと呼ばれています)の敵である「フェローシップ教団」も3つの徳を基本原理としています。
「Strive for unity(連帯のための闘争)」
「Trust thy brother(汝の兄弟を信ぜよ)」
「Worthiness precedes reward(報われるためにはまずふさわしくあれ)」
3つの教えは
愛
真実
勇気
の3つの徳に対応しているようにも見えます。
区別のない共感は分けへだてない連帯を結ぶという行動に現れてもおかしくはありません。
真実の無条件の尊敬が、道を同じくする友への尊敬と重なることもあるでしょう。
勇気が己の信念に従うことならば、信念にふさわしい行いをすべきでしょう。
ところが3つの教えの真意は……
フェローシップ教団はRPG史上においてプレイヤーが戦ったあまたの敵の中でも最強の敵の一つです。
道徳の問題への鋭い切り込みだけではなく、それにゲーム性を見出し、ゲームとして成立させた点。
それをRPGの始祖たるシリーズが行っていたことは今更ながら驚くべきことです。
最後に。アバタールは救世主と訳されていますがそのものずばり「アバター」の意味でもあります。
ヒンズー教におけるヴィシュヌ神の地上における仮の姿を神の「化身」アバターといいます。
……そのアバターの一つが、そう、仏教の開祖である……あのお方です!!





