IGDA日本 同人・インディーゲーム部会(SIG-Indie) 第2回研究会「ゲームデザインとメイキング」
7 月 14th, 2009 Posted in 未分類 | No Comments »前回の日記との間隔の短さに気づいて愕然としてます。この長文マニアの私が数ヶ月ほどは長文を書いてない。これは……僕は死ぬかもしれません。そろそろ禁断症状が出ますね。
本題はタイトルどおりです。
IGDA日本チャプターのカンファレンスに今回も行って参りました。日本において同人ゲームとはプロのゲーム製作者の息抜きなのかいな? いや、息抜きというように簡単なものではないな~。と感じております。えーっとですねー。
ものを作らないと死ぬ人間てやっぱりいます。自分がそうとはいいませんし、自分からそういったことを吹く人間を私はまず信用しないわけですが。
我がサークルの打ち合わせにおいても、つくることに喜びを感じてる人が激減してるのではという話が出ました。その原因は何か愚考するに、やっぱり愚民化教育は着実に効果をあらわしておること、そしてそのもっと根本的な原因として日本人の自己否定性がここ最近に至ってピークに達していることが上げられるかと思います。
日本人がそのアイデンティティを自己否定に求めたのは近代でいえば明治時代からといわれてますが、近年にいたってもはや自己否定によっても自己肯定を感じられないほど自己否定は進んでしまったわけです。
もはや究極の自己否定>自殺するしかないほどに。
話がもはや同人ゲームを離れすぎてると? いや残念ながら文化を語るのなら文化というソフトが走るハードである社会というものを語らざるを得ず、いわんや娯楽産業は文化そのものの「おまけ」:として機能しながら文化そのものの縮図たりうるのです。
フリードマンには悪いですけど世界は用意にフラット化などしません。文化というのは勝手に自己組織化し、自らを文化たらしめるために排他性を持つものなのです。
翻って日本における同人ゲームとは商業ゲームの自己否定なのです。
そして、それ以外何者でもなくなっている。それはちょっと恐ろしいことですわ。
話を変えます。
日本においてクリエイティブ(笑)な行為をするというのは、実は文化へのツッコミをすることに他なりません。
つまりDISです。近年の日本人は媒体と世代を問わず均質化、組織化傾向がめだつため、早い話ツッコミをするやつは大嫌いときてます。そういう意味でクリエイターがもてはやされる、いや、もてはやされなくてもいいですが社会の内側に置かせてもらえる時代というのは、社会全体が自分の現状にツッコミをいれている時代といえるでしょう。ただしそれが適切なツッコミではなく、ヒステリーになってしまうとしたら、もう社会そのものがツッコミに耐えられないほど脆弱化している。つまり文化そのものへの自信が失われている状態といえましょう。
先にも述べましたように文化は自己組織化します。
たとえ個人サークルで作ったオリジナルのゲームでさえ、そもそも作品を成り立たせるためには既存のゲームの文脈を継承しなければならない。そういった文化の踏襲を繰り返し、世代交代のサイクルが作られていくのが、世の常といえましょうか。
しかし近代文明そのものが、過去数万年の人類の文明の自己否定ともいえるものでした。人間はまだ近代文明という文明を伝統化できていないわけです。
実際に近代は伝統にするには問題がありすぎるのですが、文化の自己組織化のサイクルが廻ってくれない限りやがて人類は自らの種を否定せざるを得なくなります。いきなりハルマゲドンはちょっと……ですが、もともとが自己否定から成り立っているために、近代文明は自己否定し続けることを強いられると厄介な性質をもっているのです。評論家の佐藤健志によれば人類滅亡映画は近代文明の所産としてはもっとも自然なもの、ということになるそうですが、いきなりゲームに話をもどすと、同人ゲームは近代のゲームの規模拡大とハリウッド化へのアンチテーゼ。つまりゲームの作り手の自己否定なのです。
先ほどプロの息抜きといいましたが、これは少し怖い息抜きで、自己否定としては中途半端なために、ただの気休めに終わってしまうのです。オルタナティブが出る場としての同人ゲームが期待されながら結局はプロのインサイドワーク活動の発表の場に終わってしまっては、オルタナティブを出すどころかむしろ芽をつぶすことになりかねない。具体的には青田買いや囲い込みを進めた結果むしろ自分たちが積極的にオルタナティブをつぶしてしまうのではないか、そういった二律背反を作り手の方々との会話から感じました。
自分がゲーム製作者であることを実感するために、プロフェッショナルとしてゲームを製作するのではなく、売れなくても名前を変えて同人という媒体でゲームをだすしかない。同人ゲームという市場はそんな否定否定の積み重なった彼岸のようなところなのかもしれないです。
……といったところで、ようやく前文が終わりました。近日中に後半に続きます。





