KAGEROU

1 月 13th, 2011 Posted in 未分類 | No Comments »

 

「おばあちゃんは言っていた。天の道を往き、総てを司る男」

私たちの知っている水嶋ヒロとは本当は誰だったのでしょうか。

 

 

平成仮面ライダーシリーズ第七作・仮面ライダーカブトは、斉藤智弘氏の著作について重要なな手がかりを与えてくれます。

いわずと知れた水嶋ヒロ氏の出演作です。

本作におけるショッカー(ライダーシリーズにおける敵はほぼ組織で現れます)の役割をする悪の集団は「ワーム」と呼ばれるエイリアン集団です。ワームには本来ナラ枯れ病を引き起こすカシノナガキクイムシのように本能しかありません。

 

プラティプスワーム……カシノナガキクイムシの驚くべき生態→

http://goo.gl/kp7k

 

しかし、彼らには「擬態」という恐るべき能力が備わっています。

ワームはすべて昆虫の姿をしていますが、昆虫こそは地球における擬態の天才といっていいでしょう。ワームは昆虫さながらにほかの生物に擬態をして、ほかの生物の群れにもぐりこみ、繁殖を続けて最終的には群れをのっとってしまいます。

まるでアリの巣に紛れ込むアリグモhttp://goo.gl/NCAMmのような恐ろしい能力です(しまった甲殻類だ。とはいえワームにも甲殻類が混じっています)。

 

恐ろしいことに、コピーされるのは外見だけではありません。ワームは記憶や性格までもそっくりに擬態してしまうのです。しかし擬態した結果、ワームには本来存在しなかった「心」が生まれ、ワームは己に芽生えた心によって悩まざるを得なくなるのです。

そもそも主人公たちが仮面ライダーに変身するための道具も、地球で人類と共存しひっそりと暮らそうとしていた(まるでアリグモのような)ワームが作り上げたものです。

人間が昆虫に擬態するといってもいいでしょう。それは本作の仮面ライダーがまずサナギの状態の分厚いよろいをかぶったような姿に変身し、二段変形でスリムな真の姿を現すという昆虫の変態を思わせる変身をすることからも示唆的であるといえます。

人間もどきと、人間もどきもどきが戦う物語、それが仮面ライダーカブトです。

 

物語の後半、水嶋ヒロ演じる主人公、仮面ライダーカブト(天道総司)の敵として、天道に擬態したワームが現れます。あらぬことかそのワームは、主人公と同じように仮面ライダーに変身ができるのです。仮面ライダーダークカブトは後半の強敵であり、主人公のアイデンティティを揺るがす重要なライバルでした。

ところでKAGEROUでも、主人公の男は「変身」して、つかの間とはいえ第二の人生を生きることになります。

私は人気絶頂の俳優が人生に疲れた男のことを描こうとしているにとに非常に興味を覚えました。普通ならばどう考えても逆のはずです。

しかしこれが、水嶋ヒロに擬態したワームの書いた小説だとしたら?

私はどうもその疑念を拭い去ることはできません。

現実と特撮ドラマを一緒にするなって? ごもっともですが、ヒーローも怪人も擬態をしなければならないところ、カブトもまた実に世相を反映した作品でした。

仮面ライダーカブトが放映された2006年のことを、あなたは覚えているでしょうか。

ITバブルが完全に崩壊した年です。ヒーローともてはやされた若き実業家は「擬態」をはがされ、逮捕までされてしまいました。2006 年は日本にとって己の経済力というものが一種の擬態であり、繁栄していたころの日本のドッペルケンガーでしかなかったことを示した年でもありました。

子供向けの人気作が世相を反映しないはずがありません。人気のサッカーゲーム(アニメ)「イナズマイレブン」もワールドカップ2010を前後に躍進しました(イナイレを見ていた子供が将来どんなサッカーをするのか、私はとても楽しみです)。

 

ところでカブトにおいて印象的なキャラクターはいずれもライダー(ライダーがワームの擬態なのは前述のとおり)もしくは擬態したワームです。この物語は数少ない例外を除き、ほぼすべての人が己以外の何者かであるという物語なのです。

それどころか、真に人間らしいのは「擬態」そのものだという主張さえ含まれています。

擬態ではない本当のあなたこそ、本能しか存在しない「動物化した」ワームなのかもしれません。奇妙にもそれはKAGEROUにも一部共通するテーマとなっています。本当の自分の擬態となったとき、KAGEROUの主人公は本当の安らぎを知ったのです。

 

ですが、擬態とならなければ知ることのできない安らぎは真実なのでしょうか?

KAGEROUはあまりにもイノセントに変身への願望を謡っていますが、そもそも変身への願望が生じるということは、己への強い疑いがあってのことでしょう。それは別の己になったところで解消されるものではありません。

 

事実、仮面ライダーカブトの終盤では、人間と人間もどきのワームの間に、完全に境目がなくなってしまいます。しかし人間となったワームはもはや人間として悩み苦しむしかなく、さりとて人間でもないために自滅をするしかありません。ワームが人ならざるワームとして生きるためには、ライダーという対比物が不可欠だったのでしょう。

 

ダークカブトは、主人公の生き別れの妹、日下部ひよりに心惹かれており、妹を大切にしている天道と激しく争います。ところが、ひよりもまたワームだったのです。

そのことを天道は知っていました。だが、ひよりそのものに固執するダークカブトと違い、天道はひよりが生きていられる世界を作るために戦うことを決意し、ひよりを取り戻します。

 

あまりにもできすぎた話ですが、ひよりに擬態しているワームのモチーフは「カゲロウ」です。

山崎正和氏「ネット時代にあっても、責任あるマスコミが権威を持つ社会にしていく必要がある」

1 月 11th, 2011 Posted in 未分類 | No Comments »

 

 

もう一つ心配なのが、大衆社会がより悪くなることだ。ブログやツイッターの普及により、
知的訓練を受けていない人が発信する楽しみを覚えた。これが新聞や本の軽視につながり、
「責任を持って情報を選択する編集」が弱くなれば、国民の知的低下を招き、関心の範囲を狭くしてしまう。
ネット時代にあっても、責任あるマスコミが権威を持つ社会にしていく必要がある。
2011年1月10日 読売新聞朝刊より

 

山崎正和氏の発言が話題となっている。

タイトルで要約された発言をもとに恣意的な判断を下すのはフェアではないが、

インターネットも既存メディアも恣意的な解釈を導くといった点ではさして変わらない。

 

http://goo.gl/PYfb0

http://togetter.com/li/87856

 

私はマスコミの権威を取り戻そうという山崎正和氏の発言は正しいと思う。

そのためにはクロスメディア規制を厳格に行い、メディア大手による一極支配を打破しなければならない。大手メディアが傘下のメディアと連動して言論を作り上げる構図は健全とは言いがたい。既存のメディアは既得権益の巣であり、本当に権威あるメディアはそれらのしがらみから自由でなければならない。そのためにはメディア各社の今まで以上に激しい競争が必要だろう。

もちろん面白さを追求するのは大事なことだが、情報の信頼性を担保や、考察の妥当性なども評価されるようになれば理想的だ(知りたいことしか知ろうとしない人間というものの性質からして難しいだろうが)。

 

その上で私は、マスコミの権威が損なわれたのはソーシャルメディアの普及によるものではないと考える。マスコミの権威が失われたのは大手新聞社がテレビ、ラジオ、雑誌を支配する既存の体勢が陳腐化したためであり(健全な競争が生まれていないのだから腐敗するのは当然だろう)、そもそもソーシャルメディアとマスコミは商売敵ではない。ソーシャルメディアはコンテナである。既存のメディアは優良なコンテンツの配信元になれるはずではないか。

 

最後に山崎氏がもっとも叩かれているポイントについて軽く触れておこう。

ブログやツイッターの普及により、知的訓練を受けていない人が発信する楽しみを覚えた。

なんだか古臭すぎてまじめに批判する気にもなれない。と知的訓練を受けていない人が思ってみる。だがこれがメディアの中心にいる人と大同小異の見解とすると、やはり大手メディアの死は避けがたいとしかいいようがない。http://goo.gl/XGNTA

 

また、山崎氏が懸念しているポイントは、既存メディアの「編集が弱くなる」→二次情報の発信元として人気がなくなるということである。先の理論を繰り返せば、これは完全に取り越し苦労であろう。

闇の左手

1 月 9th, 2011 Posted in 未分類 | No Comments »

 

エスニシティは取り扱い注意の問題である。

己の所属する民族についてのエスニシティ(民族への帰属意識)は時によってはあいまいで、

捕らえがたい。ましてやよそ者に理解できる類のものではない。

ゲンリー・アイはエストラーベンを理解したわけではない。

だが、共に氷原を歩くことはできた。

民族というものはたやすくほかの価値観を駆逐してしまう。

社会心理学者はまるでリリパット国の宗教戦争のように人間が「おれたち」と「あいつら」に分かれて骨肉の争いを繰り広げるさまを描いている。しかしエスニシティは意識されないと解決できない問題でもある。無自覚なエスニシティほど恐ろしいものはない。

そして、エストラーベンがゲンリーが相思相愛になり、エストラーベンが妊娠でもしたら、この物語はご都合主義でしかなくなってしまう。

 

人間は悲しいほど帰属意識に縛られる。

エクーメン、……おそらくオイクメーニ(文化圏)のことであろうそれはグローバル化した社会のことであり、二人の出会いは二つの民族のすれ違いというより、グローバリズムとエスニシティの奇妙な同衾を表しているようにも見える。グローバリズムが隆盛したところでは、何らかの形でエスニシティも盛んになるものだ。

ならば二つの概念が相思相愛になることも、驚くべきことではないかもしない。

だがそれはやはりご都合主義でしかない。

元旦の計

1 月 2nd, 2011 Posted in Daily | No Comments »

 

人間というものは計画をたてる。

そして失敗する。人間は簡単に自分のたてた計画の奴隷になってしまう。まことに嘆かわしい限りだ。

私もいえた義理ではないが。ならば計画など立てないほうがよさそうなものだが、無計画というのはなぜか気分が悪い。

歴史的には無計画というのは悪いことではなかった。

それは無為自然という。

元旦の計は無計画で何が悪いのか。

だが無計画でいられるほど人間は強い生き物ではない。計画というものは弱い人間に与えられた武器の一つだ。だが武器というものは使い方を謝れば己の身を危うくする。武器に対する最も賢い対処法はそれを手にしないことであり、次に賢い対処法は振りかかる火の粉を払うために使うことだ。武器を己のために使うものは結局武器によって死ぬ。最悪の愚か者は武器の存在を見誤る(素手で武器をもっている相手と戦ったり)。歴史上、失敗した計画や悪い計画は常に人間というものを無視した計画であった。

この漫画の中で曹操が死にゆく郭嘉に語ったように、計画というのは魅惑的でなければならない。

それを実行するのは人間なのである。

wordpressアプリを使う。

1 月 1st, 2011 Posted in apps | No Comments »

wordpress公式アプリを使ってみた。iPhoneからwordpress blogを更新できるというのはなかなか嬉しい。
出先にちょっとした写真をblogにアップしたいだけのような時は十分使えるアプリだと思われる。

http://itunes.apple.com/jp/app/wordpress/id335703880?mt=8

書き掛けのpostをローカルに保存も可能。

wordpress apps

wordpress apps

START

1 月 1st, 2011 Posted in Daily | No Comments »

 

年始である。
これを見ている貴方はおそらく年末を乗り切り年始を無事に過ごせたのだろう。
おめでとう。
だが、まだ油断はできない。
なぜ年末に祭礼が行われるのか、なぜ年始が休みなのか。
我々は知っているはずだ。
物事は切り替わる瞬間が一番危険なことを。
「冬が越せない」という定型文は将来への絶望を表す際によく使われる。冬が訪れねば春はやって来ないが、冬の暴力とはそれほど生やさしいものではない。
正月に神仏に祈るのは、良いことがありますようにという願掛けのためではない。
大晦日から正月にかけてを無事に越すことができたことへの感謝を表すために、人は祭礼を行うのだ。しかし実際には大晦日から正月となって、何かが変わるわけでもない。

正月のことを迎春と言うが、本当に危険なのは1月1日に祝われる儀礼的な春ではなく、本物の春が訪れるときなのだ。
一年のうちで自殺者がもっとも多いのは3月から6月にかけてである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E6%AE%BA
正月とは「新年度」のプレッシャーを弱め、真の迎春に備えるために設けられた日ともいえる

具体的にいえば、この時期に恐ろしい春を予め予行演習しておくことにより、本当の新年度に耐える力を身につけるのである(受験生や新入社員には切実であろう)。この時期の心身にかかる負担に比べれば他の季節は惰性に過ぎない。大人になれば一年はあっという間というが、実のところ春に心身が受けるプレッシャーは歳を取るに連れて大きくなるのである。毎年死線を乗り越えるため、大人は一年のうちで気をつけるべきなのは春のみであることを知っている。だから大人の一年というのは本当は3、4ヶ月しかない。

あなたが本当の春を乗り切れたら、その時には改めて「おめでとう」といわせて欲しい。

最後に、私が正月を向かえられたのも今まで私の関わった全ての人のお陰である。
ありがとうございます。

メディアは存在しない。

12 月 23rd, 2010 Posted in 未分類 | No Comments »

 

人間が馬鹿になってきているという。
左脳化しているといってもいい。
斉藤環はメディアが人を馬鹿にしているのではなく、人はもともと馬鹿なのだという立場であり、本書の主張はこの一点につきる。
巻末の対談で斉藤は終始「人間は馬鹿になってきている」と言い続けている評論家、東浩紀と対談をしている。

馬鹿が増え続けているという点では二人の立場は共通しているようだ。おかしなことに、この対談の中で二人は宮台真司について語り始める。「馬鹿になりましょう」と言い続けている評論家である。

宮台真司は馬鹿なのか、それとも特殊な馬鹿なのか。いずれにしろ馬鹿にはちがいない。
ところで東からすると人間はすっかり馬鹿になってしまったらしい(動物化とでもいおうか)。馬鹿を攻撃しては自分も馬鹿になってしまう。馬鹿にならないためには馬鹿の輪から離脱することだという。

私にはそれは片手落ちに思える。

馬鹿の連鎖から抜け出すには、意識の支配から抜け出す他はない。
意識というやつはどうしようもなく無能で、つまり馬鹿なのである。

明日の秋葉原Doujinトライアルフェスタ

12 月 20th, 2010 Posted in 未分類 | No Comments »

 

http://doujin24.com/

イベントリポートですよ。

最初にいっておくとイベントの写真は撮り忘れたのである。

私が観に行ったところ、ライブコーディングはやってなかった……。残念。

イベントは小規模ながらホワイトキャンバスの前がちょっとした祭り状態であり、なかなか盛り上がっていたように見えた。

秋葉原の路上がもっているポテンシャルを感じた。考えて見れば年中コミケをやっているようなところである。ミュージシャンが路上でライブをする感じでライブコーディングとかすればいいじゃないか。私はGoogle先生に頼らないとゲームつくれないので無理だが。しかし同人ゲームに限った話ではないが、オリジナルブランドは所詮ノンブランドであり、ノンブランドを売るためにはキャラクターだなと思った次第である。キャラクターという言葉は広い意味でとってほしい。いろいろなキャラ立ちの方法があるはずなので。

 

以下いただきもの。

senrihinn

後で試遊させていただきます。

 

すぐ近くで別のイベントがあり、そこを立ち見して時間を取られたのは内緒。

黒子と御坂(妹)なんて来てない、多分。

 

http://mondainai.info/

エルシャダッシュがクリスマス仕様になっていた。

これがライブコーディングということ??

君たちにとってはクリスマスのことだったな……?

mixi 外部サービスのプライバシー設定+利用アプリのプライバシー設定

12 月 7th, 2010 Posted in 未分類 | No Comments »

最近のmixiの動きには目が離せません。悪い意味で。

先日のメールアドレス検索サービスやmixiアクティビティ機能に関する騒動が記憶に新しいですが(というか最近すぎる)。

今まではユーザーがmixiの外部サービスを利用した場合(いわゆるmixiアプリ、ブラウザ三国志やサンシャイン牧場など)そのサービスはユーザーのマイミクの情報を知ることはできませんでした。

ところが6日に行われた改変では、初期設定状態では外部サービスがユーザーのマイミクの個人情報を知ることが可能になっています。

 

http://mixi.jp/connect_manage_acl.pl

mixi 2010-12-07_150607

http://mixi.jp/manage_acl.pl

mixi 2010-12-07_150808

 

早い話、初期設定の状態の場合、外部サービスはユーザーのマイミクが誰かを知ることが可能になります。外部サービスが受け取ることができるのは公開情報だけとはいえ、私のマイミク様がホニャララというサービスに登録したら、ホニャララサービスには私がmixiで公開している情報を参照することが可能ということになります。逆もしかりで私が加入しているホニャララサービスに私のマイミクさんの公開情報がダダ漏れということに……。

公開している情報とはいえmixiを信用してあずけているものなので、それを外部サービスを提供するサードパーティも参照できるというのはあまりいい気分がしません。私はアクセスは不許可にしました。

FastStone Capture

12 月 2nd, 2010 Posted in 未分類 | No Comments »

デスクトップのキャプチャーを撮りたい時、Windows7、Vistaなら最初からSnipping Toolという選択肢があります。こちらもなかなか高性能ですけど、わざわざ起動させるのは面倒。

snippingTool

 

上記のように、キャプチャー方式をリストから選ぶのは一手間余計に感じられます。

FastStone Captureはシンプルな外見ながら多機能なキャプチャーです。

タスクトレイに常駐しておけるので撮りたい時にすぐさま起動が可能。ウインドウが常に一番上に表示されてくれるので、Snipping Toolのようにウインドウが重なって煩わしくなることもありません。

ホットキーに対応。時間差でのキャプチャーも行えます。

頻繁に画像をキャプチャーする人にはかなり嬉しいのではないでしょうか。

 

DLは以下より。

http://goo.gl/cVFi2

FastStone Capture

 

アイコンは左から、

・ウインドウをキャプチャー

・ウインドウ内をキャプチャー

・四角形の選択範囲をキャプチャー

・フリーハンドでキャプチャー

・フルスクリーンでキャプチャー

・スクロールしてウインドウ全体をキャプチャー

・キャプチャーした画像の送り先/処理方法の設定

・各種設定/虫眼鏡とカラーピッカー/アバウト

となっています。

嬉しいのはスクロールしてウインドウ全体がキャプチャーできる機能、画像にキャプションを挿入できる機能、それからマウスポインターがキャプチャーできることですな。

point 2010-12-02_221006

 

こんな感じに……。

画面キャプチャーくらいならばPrtSc→Paint→Ctrl+vで何の問題も無い?

という人にもお勧めですよ。